📚 暇と退屈
いきなり本題。
【暇とは何か?】
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ゼミでは↓を利用して、コロナ自粛である現在の状況がどの番号にあたるのか。ゼミ生それぞれが考えて報告し合いました。
私は③、ゼミ全体でも③の人が多かったです。シンキングタイムがあったとはいえ深く考えることなく③、まぁざっくりなんとなくの③。暇と退屈なんて感覚でしかない…ところを再度考え直してみるのが、そう❗️森田ゼミです。今回も今回とて悩むんだよ、楽しいけど難しい。
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『退屈とは… 自分がしている行為を楽しくないと感じることによって集中できない、それに伴って物事に対する意欲がわかない狀態』(エセ辞書風)と勝手ながら定義づけしました。本人の感覚です。前者だけでも後者だけでも足りなくて、その両方が合わさっているというのが大切なポイントかな?のちに私を悩ませる「暇」と対比させながら考えました。
〈余談〉
私の母は配信初期からどうぶつの森で自分の村をせっせこ開拓しています🌲毎日毎日はにわをとったり、魚を釣ったり、木を揺らしたり…忙しそうです。残念ながらSWICH版ではなくスマホ版のやつなので、家を大きくできないしカブも植えられないし、チャイムの音も作曲できないと嘆きながら今日も虫を捕まえます。
本人に聞いてみるとやはり楽しい訳ではないそう。でも1年以上毎日欠かさず開拓。楽しくなくても行為することに抵抗がなければ(母の場合はきっと今まで継続してきたことに対する使命感とルーティン?)それは退屈ではないみたいです。
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どうもこうも腑に落ちないのが「暇とは何か」。はじめはシンプルに『暇=なにもすることがない状況』と考えていました。しかし②さんの意見で混乱。②さん曰く🦥「趣味の時間でも、友達に呼ばれたら中断できるし…退屈ではないけど暇だなと感じる」
…んん?
趣味をしているならそれは暇ではないじゃないか‼️私も趣味の時間を考量しながら「暇じゃないなぁ~忙しい忙し、はい③だな」だよ⁉️
各自の価値観の違いでは?と言われればそれはまさしく正解だけれど…②も私も、暇と判断する境界線は少しは重なっているのか!?
頭の中だけで②を想像するのも違う気がしたので、私の好きなテレビ番組「金曜日のソロたちへ」を見てみました。今週の金ソロは趣味が充実している方々ばかりで、きっと暇でないし退屈でない[③]が放送されていました。
過去放送では「ゲームをする」という同じ条件下でも黙々と熱中する人、暇だなぁとボヤキながらプレイする人の両者がいたことを思い出し再生。DVD鑑賞中のヲタクさんでも同じでした。
以上のことを踏まえて、私なりの解答は…
✖︎「暇≠何もすることがない状況」
●『暇=何もすることがない状況、または行為が機会費用?よりも低い状況』
何もすることがない状況は言わずもがな「暇」。ですがこれだけだと②が合致しないため、機会費用という言葉を使って別の説を立てました。こうゆう説明で機会費用と使っていいのか分かりませんが、③やテレビの中の暇ボヤキ人は、その行為で時間は埋められていてもそれに見合うだけのパフォーマンスが出来てないことを知っていた(潜在的に)状態だったのでは?と考えたのです。なにか他に用事があるなら中断できる、最もな行為ではないということです。
これだと私(暇が嫌い/暇と感じない)にも理解できるのです。趣味の時間は暇が嫌いを埋めるための行為=最優先の行為、別に意識している訳ではないけど、あっそうだったのかな😳!?と納得できたのです。
少し悩んだのは②で話し合い中「退屈って言いたくないけど、暇だわ~は言いたくなるよね」の部分。あの時の私には残念ながら理解できなかったこと。この定義で考えみることにしました。
理解できない前提なので、定義寄りの理解になってしまい寄せすぎだとは思いますが、「時間が暇であること価値がある、暇が暇としてあることを良しとする」ということなのか?。することがない、しようとしないという自分がいることを知るがこの発言につながるのかな。あぁ分からない、まとめきれてないけど今の考えとしてひとまず追記しておきます。
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退屈は感覚だから主観的、暇は時間との兼ね合いだから客観的。のように単純に考えてきたけど、暇こそ究極的な主観判断に基づいた感覚なのかもしれないと思いました🤨
考えれば考えるほど映画の退屈、時間が一瞬で過ぎちゃう読書、寝そうで寝れない休日のハンモック、ついつい始めちゃう掃除とか…どんな時も紙一重で、いまのコンテンツは色々当てはまるように作られてるんだなぁと今更ながら感心💦笑
悩みに悩んだうえで見つけた答えなので、他の人の意見と比べるのが楽しみです。